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映画『タクシードライバー』とは|スコセッシ監督が描く孤独と狂気、あらすじ・ラストの意味を解説

地下鉄の手記 編集部

映画『タクシードライバー』とは|スコセッシ監督が描いた孤独と暴力の名作

『タクシードライバー』は、1976年に公開されたマーティン・スコセッシ監督のアメリカ映画である。ロバート・デ・ニーロが、夜のニューヨークを走る孤独なタクシー運転手、トラヴィス・ビックルを演じた。

カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞し、後世の映画にも大きな影響を与えた。一方で、その物語は決して英雄譚ではない。社会との接点を失った男が、自らの孤独と怒りを暴力へ変えていく過程を描いている。

本記事では、映画史上の評価や簡単なあらすじを整理したうえで、トラヴィスの孤独、暴力による救済、英雄として扱われる結末の不気味さを読み解く。

この記事でわかること
  • 『タクシードライバー』の映画史上の評価と後世への影響
  • 物語の流れと結末がわかる簡単なあらすじ(ネタバレあり)
  • トラヴィスの孤独が暴力へ変わっていく過程

マーティン・スコセッシ監督とは|代表作・作風と『タクシードライバー』の評価

マーティン・スコセッシは、1942年にニューヨークで生まれたアメリカの映画監督である。1970年代のアメリカ映画を刷新した世代の一人であり、『レイジング・ブル』『グッドフェローズ』『ディパーテッド』など、映画史に残る作品を数多く手がけてきた。

犯罪や暴力を刺激的に描くだけでなく、その奥にある孤独、罪悪感、信仰、救済を問い続けている点が、スコセッシ作品の特徴である。『ディパーテッド』ではアカデミー監督賞を受賞している。

『タクシードライバー』は、スコセッシが国際的な評価を確立した初期の代表作である。1976年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを受賞し、都市の孤独と暴力を描いたアメリカ映画の傑作として、現在まで高く評価されている。

コラム|12歳で娼婦役を演じたジョディ・フォスター

アイリス役のジョディ・フォスターは、撮影当時わずか12歳であった。それでも本作でアカデミー助演女優賞にノミネートされ、早くから演技力を高く評価された。

性的なニュアンスを含む一部の場面では、未成年への配慮から姉のコニー・フォスターが代役を務めている。

映画『タクシードライバー』の評価と映画史的影響|『スリ』から『ドライヴ』へ

『タクシードライバー』は、1976年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを受賞した。さらに、英国映画協会の映画誌『サイト&サウンド』が2022年に実施した監督投票では、映画史上第12位に選ばれている。公開から半世紀を経ても、映画を作る側から高く評価されている作品である。

コラム|映画史上第12位はどれほど高いのか

2022年の『サイト&サウンド』監督投票では、『タクシードライバー』はスタンリー・キューブリックの『バリー・リンドン』と並ぶ第12位である。

直前の第9位には『仮面/ペルソナ』『クローズ・アップ』『花様年華』、第14位には『七人の侍』『美しき仕事』が並ぶ。世界映画史を代表する作品群の中でも、最上位に位置していることがわかる。

本作の原型には、ロベール・ブレッソン監督の『スリ』がある。脚本家ポール・シュレイダーは、『スリ』を自身の創作人生で最も大きな影響を受けた映画とし、この作品への執着から『タクシードライバー』を書いたと述べている。日記による独白、社会から孤立した主人公、犯罪と救済が接近する構造は、『スリ』から受け継がれたものである。

コラム|ロベール・ブレッソンと『スリ』

ロベール・ブレッソンは、俳優の感情表現を抑え、動作や音によって人物の内面を描いたフランスの映画監督。『スリ』(1959年)は、社会から孤立した青年が犯罪と救済の間をさまよう作品である。

その系譜を現代に置き換えた作品として、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の『ドライヴ』が挙げられる。夜の都市を車でさまよう寡黙な男が、女性を救う役割を自らに与え、暴力へ踏み込んでいく。『ドライヴ』は『タクシードライバー』の単純な模倣ではない。トラヴィス型の孤独な運転手を、ネオン、沈黙、童話的な英雄像によって作り直した作品といえる。

一方、映画評論家の蓮實重彦は、ウェブマガジン『考える人』の「第3回 映画には適切な長さがある」で、本作の撮影やショットに厳しい評価を示している。世界的な古典でありながら、画面そのものの強度については異論も存在するのである。

参考URL

『考える人』「第3回 映画には適切な長さがある」:
https://kangaeruhito.jp/interview/14523

映画『タクシードライバー』のあらすじをネタバレ解説|物語と結末を簡単に紹介

不眠症に悩むトラヴィス・ビックルは、夜間のタクシー運転手としてニューヨークを走り始める。犯罪や売春が広がる街を見続けるうちに、彼は社会への嫌悪と孤独を深めていく。

トラヴィスは、大統領候補パランタインの選挙事務所で働くベッツィーに接近する。しかし、彼女をポルノ映画館へ連れて行ったことで拒絶され、さらに孤立する。その後、銃を購入して身体を鍛え、自分こそが街の汚れを一掃できると考えるようになる。

やがてトラヴィスは、パランタイン暗殺を企てるが失敗する。そこで標的を変え、売春を強いられている少女アイリスを救うため、彼女を支配する男たちを銃撃する。トラヴィスも重傷を負うが生き残り、世間から少女を救った英雄として称賛される。

その後、トラヴィスは再びタクシー運転手として働き、偶然乗車したベッツィーとも穏やかに言葉を交わす。しかし、最後にバックミラーへ向ける鋭い視線は、彼の狂気が消えたのではなく、表面下に残り続けている可能性を示している。

映画『タクシードライバー』のテーマを考察|トラヴィスの孤独はなぜ暴力へ変わったのか

『タクシードライバー』の中心にあるのは、孤独と自己嫌悪を抱えた人間が、暴力によって別の自分へ生まれ変わろうとする過程である。

トラヴィスは、夜のニューヨークを走り続けている。しかし、大勢の人間を乗せながら、誰とも関係を築けない。脚本家ポール・シュレイダーは、タクシーを「人々に囲まれながら完全に孤独である男」を閉じ込める、黄色い箱として発想したと語っている。

トラヴィスは、自分の孤独や生きづらさを直視する代わりに、その原因を街の汚れへ求めていく。犯罪や売春への嫌悪は、やがて「街を洗い流したい」という浄化願望へ変わる。自分を変えられない彼は、まず身体を鍛え、銃を手にし、暴力による変身を試みるのである。

ベッツィーとの関係に失敗したことも、その転換を加速させる。拒絶されたトラヴィスは、他者と結びつくのではなく、自分だけが理解する正義へ閉じこもっていく。パランタイン暗殺とアイリス救出は、対象こそ異なるが、どちらも暴力によって自らの存在を証明しようとする行為である。

ただし、アイリスを助けたいという思いがすべて偽物だとはいえない。本作の不気味さは、善意と自己満足、救済と破壊を明確に切り分けられない点にある。

トラヴィスの孤独は、直接暴力を生んだのではない。孤独を他者への嫌悪へ置き換え、暴力を自己変革と正義の手段だと信じたとき、彼は引き返せなくなったのである。

映画『タクシードライバー』の考察まとめ|孤独が暴力へ変わるまで

『タクシードライバー』は、都市の孤独と暴力を描いた映画史上の名作である。カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞し、『スリ』の影響を受けながら、『ドライヴ』など後世の作品にも大きな影響を与えた。

トラヴィスは、人々を乗せて夜のニューヨークを走りながら、誰ともつながることができない。やがて自分の孤独を街の汚れへ置き換え、銃と鍛えた身体によって、別の人間へ生まれ変わろうとする。

彼を単なる怪物として切り離すことは簡単である。しかし、その孤独や怒りの一部は、私たちにも理解できてしまう。理解できることと、肯定することは違う。その距離を観客に突きつけるのが、この映画である。

タクシーは走り続ける。乗客は降りる。関係はそこで終わる。

バックミラーには、また夜の街が映る。孤独は消えない。ただ、次の形を探している。

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運営・編集長
大学で人文学を学び、ヨーロッパに1年間留学。 文学・哲学・映画・美術を中心に、作品の背景や時代的位置づけをわかりやすく解説しています。 あらすじや作品紹介だけでなく、なぜ重要な作品なのか、後世にどのような影響を与えたのかまで掘り下げます。
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