映画

ノーラン『オデュッセイア』解説|時間・帰還・2800年前の叙事詩を映画にするということ

地下鉄の手記 編集部

はじめに|なぜノーランは『オデュッセイア』を映画化したのか

クリストファー・ノーランが次に選んだのは、約2800年前の叙事詩『オデュッセイア』だった。

西洋文学の源流にある物語を、全編IMAX、実写撮影、時間を組み替える編集によって現代の映画として作り直す。

そこには、怪物や神々との冒険だけではない。20年ぶりに故郷へ帰る男を通して、「時間」と「家族」を描くという、これまでのノーラン作品にも通じるテーマがある。

本記事では、原典『オデュッセイア』の位置づけから、ノーラン独自の撮影・演出、そして叙事詩が映画になることで何が変わったのかまで見ていく。

この記事でわかること
  • ノーランが『オデュッセイア』を映画化した意味
  • 原典『オデュッセイア』の文学史上の重要性
  • 音・映像・時間操作など、ノーラン独自の演出
  • 「帰還」「時間」「家族」という作品のテーマ
  • 叙事詩と映画という、異なる芸術表現の違い

クリストファー・ノーランとは|現代を代表する映画監督

クリストファー・ノーランは、『ダークナイト』『インターステラー』『オッペンハイマー』などで知られる、現代を代表する映画監督である。

『オッペンハイマー』ではアカデミー作品賞・監督賞を受賞し、映画への功績から英国王室よりナイトの称号も授与されている。

大規模な娯楽映画を作りながら、時間、記憶、罪といった問題を繰り返し描いてきた。そのノーランが次に選んだのが、ホメロスの『オデュッセイア』である。

コラム|ノーランとIMAX・実写撮影

ノーランは実写撮影へのこだわりで知られ、『TENET テネット』では実物の747を購入して建物へ衝突させたほどである。

『オッペンハイマー』でIMAXが人間の表情まで強く映し出せると確信し、『オデュッセイア』では劇映画史上初となる全編IMAXフィルム撮影を実現した。

『オデュッセイア』とは|ノーランが映画化した西洋文学の原点

ノーランの『オデュッセイア』は、ホメロスによる古代ギリシアの叙事詩を映画化した作品である。原典は『イリアス』と並ぶ西洋文学最古級の作品で、後世の文学や物語表現に巨大な影響を与えてきた。

物語の中心にいるのは、トロイア戦争を終えた英雄オデュッセウス。彼が怪物や神々の妨害をくぐり抜け、妻ペネロペの待つ故郷イタケへ帰るまでの十年を描く。

つまりノーランが挑んだのは、単なる有名古典ではない。西洋における「冒険」と「帰還」の原型そのものを、現代の大作映画として作り直す試みである。

コラム|『オデュッセイア』はなぜ重要なのか

『オデュッセイア』は、西洋文学史上、最大級の影響力を持つ作品の一つである。

『アエネーイス』『神曲』、ジョイス『ユリシーズ』へ連なるだけでなく、映画でもゴダール『軽蔑』では『オデュッセイア』の映画化そのものが劇中に登場し、キューブリック『2001年宇宙の旅(2001: A Space Odyssey)』は、その名を宇宙への旅へと受け継いだ。

約2800年にわたり文学・映画に姿を変えて現れ続ける、西洋の「旅と帰還」の物語の源流なのである。

メインテーマ|ノーランは『オデュッセイア』をどう映画にしたか

あらすじ|トロイア戦争を終えた英雄が、故郷イタケへ帰るまで

トロイア戦争を終えたオデュッセウスは、妻ペネロペと息子テレマコスの待つ故郷イタケへ向かう。しかし怪物や神々に阻まれ、仲間を一人ずつ失い、最後には彼だけが生き残る。

その間イタケでは、彼が死んだと考えた男たちが王宮に押しかけ、財産を食い荒らしながらペネロペに再婚を迫っていた。物語は、すべてを失ったオデュッセウスが20年ぶりに故郷へ戻るまでを描く。

音と映像の反復|核心を少しずつ明かすノーランの演出

『オデュッセイア』では、踏み鳴らすような音や核心に関わる映像が、物語の早い段階から断片的に繰り返される。そして後になるほど、その正体や意味が明らかになっていく。

『オッペンハイマー』でも見られた手法だが、本作ではさらに神話的な物語と結びつき、同じ音や映像を反復するたびに、観客の理解そのものを更新していく。

20年後の帰還――故郷に戻れても、失った時間には戻れない

オデュッセウスが故郷を離れてから20年。幼かった息子は大人になり、妻も、自分自身も変わっている。

場所には戻れても、20年前の家族には戻れない。
だから「帰還」は、家に着くことではなく、変わってしまった家族と関係を結び直せるのかという問題になる。

『インターステラー』にも通じる、ノーランらしい「時間と家族」の主題である。

まとめ|2800年前の叙事詩を、ノーランは現代の映画として作り直した

『オデュッセイア』は、西洋の「冒険」と「帰還」の原型ともいえる物語である。ノーランはそれをそのまま再現するのではなく、音と映像の反復、時間を組み替える編集によって、現代の映画として作り直した。

その中心にあるのは、20年ぶりの帰還だ。故郷には戻れても、失った時間には戻れない。 怪物や神々との冒険の先で描かれるのは、変わってしまった自分と家族が、もう一度関係を結び直せるのかという問いである。

2800年前の物語が、ノーランが繰り返し描いてきた「時間」と「家族」の問題と結びつく。そこに、この映画化の面白さがある。

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運営・編集長
大学で人文学を学び、ヨーロッパに1年間留学。 文学・哲学・映画・美術を中心に、作品の背景や時代的位置づけをわかりやすく解説しています。 あらすじや作品紹介だけでなく、なぜ重要な作品なのか、後世にどのような影響を与えたのかまで掘り下げます。
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